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札幌地方裁判所岩見沢支部 昭和37年(わ)201号 判決 1963年5月01日

被告人 木村剛

昭一〇・八・一八生 すし屋

主文

被告人を罰金五千円に処する。

右の罰金を納めることができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を被告人の負担とする。

理由

一、罪となるべき事実

被告人は肩書住居地ですし屋を営業している者であるが、昭和三七年九月三〇日午後九時ごろ自宅附近がにわかに騒がしくなつたので、店先に出てみたところ、近くの富士パチンコ店前路上でなじみ客の山上道久が舗装道路の下水際にうつぶせに倒れており、五人の土工風の男(手塚昭雄、手塚光男、木村治美、谷口嘉春、池田武美)から殴る蹴るの暴行を受けているので、山上を助けようとして「やめれ、やめれ」と制止したところ、右五人のグループをら殴られ一せいに襲いかかられたので、殴りかえしたり、投げつけられた魚箱を投げかえしたりしながら附近のマーケツトの通路に後退し、奥のバー純こと友人齊藤祥三方居宅の茶の間に逃げこんだ。ところが相手方のグループは魚箱、竹ぼうき、棒などを持つて被告人を追いかけ、土足のまま齊藤方の茶の間に上りこみ被告人を殴打した。被告人は相手方の一人が棒をふりまわしたことによつて螢光灯がこわれ暗くなつたすきに同所を脱出し、肩書住居地の店舗付居宅に逃げ帰り、茶の間にはいりかけたところ、相手方の手塚光男(一七歳)が更に暴行を加える目的で被告人方店舗の戸を開けホールに侵入してきたので、被告人はこれまで自分に散々暴行を加えておきながら自宅にまで追いかけてくる相手方のしつこさに憤り、かつこの上どのような危害をこうむるかも知れないと思い、相手方の急迫不正の侵害に対し自分の身体を防衛するため、自宅の茶の間の出窓に置いてあつた登録済の日本刀一振り(昭和三七年押第五三号)を持ち出し、さやから抜いてふりかぶり右手塚をおどして立ち去らせようとしたが、同人が一向に逃げる様子もなく、かえつて向つてくるように思われたので、防衛の程度を超え、みねうちのつもりで三回ほど同人に対し右日本刀をふりおろし、その際前のめりになつた同人が右日本刀の刃を握つたことも原因となつて、同人に対し治療約三週間を要する背部切創および左小指切創兼同部指腱切断左小指骨折の傷害を負わせるにいたつた。

二、証拠の標目(略)

三、法三三五条二項の主張に対する判断

被告人および弁護人は、被告人の判示傷害行為が正当防衛であるから本件は無罪であると主張する。もとより、被告人の判示行為が相手方の急迫不正の侵害に対応し自分の権利を防衛するために行われたものであることは、前示認定のとおりこれを容易に認めることができる。しかし、その行為が果してやむえないものであつたかどうかの点について考えてみると、およそ正当防衛が成立するには、他にとるべき方法があつたかどうかは問わないが、少なくとも防衛行為が当該急迫不正の侵害の態様程度に応じ客観的に判断して社会通念上相当な範囲内にとどまつていなければならない(最判昭二四・八・一八集三・九・一四六五参照)。本件の場合、手塚光夫が被告人方店舗に侵入してきたときの時点だけに限定してみれば、同人は住居侵入以外になんら不正の侵害行為をしていないが、その直前まで同人のグループが被告人にかなりの暴行を加えており、その暴行がなお継続されようとしている状況下にあるのであるから、被告人が同人らから更に危害をこうむるものと思い、これを防ぐため日本刀をふりかざし単なるおどしにより店外に立ち去らせようとしたのは、なお防衛行為として社会通念上相当な範囲内にとどまつているものということができよう。しかし、少なくともこの時には、まだ相手が手塚一人だけであり、同人は素手であり、具体的な暴行行為にも出ていないのに、同人が立ち去らないでかえつて向つてくるように思われたというだけで、みねうちのつもりとはいえ日本刀を三回もふりおろし、その結果傷害を負わせるにいたつたことは、客観的にみて社会通念上許容された防衛行為としての相当な範囲を逸脱したいわゆる過剰防衛行為であると断ぜざるをえない。したがつて、被告人および弁護人の正当防衛の主張はこれを採用することができない。

四、法令の適用

被告人の判示行為は刑法二〇四条罰金等臨時措置法三条一項一号にあたるが、本件が前示認定のような事情の過剰防衛であつて非はほとんど相手方にあること、被告人はこれまで刑事事件で取調を受けたこともないこと、本件直後被告人方店舗は相手方の破壊行為により約一万円ぐらいの損害をこうむつたことなどの諸事情を考慮して、所定刑中罰金刑を選択し、被告人を罰金五千円に処し、換刑処分について刑法一八条、訴訟費用の一部負担について刑事訴訟法一八一条一項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決をした。

(裁判官 鬼塚賢太郎)

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